明日は火曜。平日の真ん中どころか、まだ週は始まったばかりだ。年度が変わったばかりで異動してきた奴がいるだなんてそんなことは関係ない。ここを逃せば暫く休みはなさそうだし、そうこうしているうちに盛りを過ぎてしまう。それはいけない。  今日という日をどれだけ楽しみにしていたことか。歓送迎会で繁忙期ではあるものの、入学式まで若干余裕があるということで午後は早めに店仕舞いをすると決めた、という話を聞き出してから、何が何でも休む腹積もりでいた。その日から、重箱に何を詰めようか悩みに悩んで買い物をし、本来ならば三日前から下拵えに入ろうと思っていたのにーーあの××野郎。  ーー閑話休題。  俺はともかく、稲川さんはそこまで食べる方ではないから、量を作っても意味はない。出来るだけ彩りよくバランスよく目にも舌にも楽しいものにしなくては。ああ、時間が足りない。  甘辛い汁に漬け込んだ油揚げを取り出し、破れないように広げ、混ぜご飯を詰めていく。ジャコ。鮭。ひじき。軽く焼いても美味いのだが、それは冷めて仕舞えば魅力が半減してしまう。またの機会にしよう。口は完全に閉めてしまうのではなく、余った具を乗せれば、それだけで黒い重箱が華やいで見える。  肉団子に枝豆、ミニトマト、ブロッコリー。人参と蒲鉾は花形に。竹輪には芯に様々なものを詰めて花開くように。ソーセージはタコにカニにライオン。そして、二日かけて作った花玉子。  ゆで卵を四つ食紅に漬け込み、内三つを縦に半分に切る。丸いままの一つを中心に、黄身を内側に花弁となるように配置し、簀巻きにして寝かせておいたものだ。断面が黄色に白に桃色と、美しい花の形となっている。  うまくできたことに一つ頷き、それぞれを一番生える場所へ配置していく。あとは崩れないようにあの場所へ持っていくだけだ。

住宅街から少し離れた山の上。少し拓けた場所に、ぽつりと立っているその大きな桜は、悔しいことに先輩から教わった穴場の一つだ。少し山に分け入ったそこは、巡回場所からもだいぶ外れていて、花見の場所を探しにあちこち行っているのを見兼ねたらしい先輩が教えてくれた。  自分で見つけられなかったことは非常に不本意だが、桜に罪はない。どこか浮世離れした美しさは、感嘆のため息も吐きたくなるだろう。もちろん、世界で一番なのは稲川さん以外には有り得ないのだが。  レジャーシートを引き、小さな机を出す。用意してきた重箱をその上に置き、酒瓶を並べながら、かの人が来るのを待つ。わかりにくいところだから、と迎えに行こうとするのを頑なに断られてしまった。 「……その。いつも、悪い、ので……」  やりたくてやっていることを気に病まないでほしいのに。俺の天使に何かあったらと思うと居ても立っても居られないのに。伝えたいことは伝わっているはずなのに、どこか斜め上に解釈されている気もする。さすが稲川さん。地上に舞い降りた天使。 「ええと、その……待ちたくない、ですか?」  卑怯な言い回しだった。誰がそんな言葉を教えたんだ。もしかしなくても俺か。そういえば、稲川さんに対してよく使う言い回しだった。

花を散らす風の隙間から、息を切らす音がする。揺れる頭が見えた。短い黒髪が、抜けるような青空と、対比するように鮮やかに生える薄紅色に良く映える。 「……お待たせ、しました……きれい、ですね」  椅子を勧めれば、素直に従うものの、すぐにその瞳は少しばかりの熱を持って桜を見上げる。酒を注いで、互いにちびりちびりと舐めながら、時折頭上の桜にも負けない重箱を突きながら、穏やかな時間は過ぎていく。 「あの、うれしい、です。こんなに、たくさん……この場所も」  はにかみながら、酒でほんのりと上気した頬でそんなことを口走るこの人には、きっと一生、敵わない。

酒なくて、何の己が桜かな  ーー花見には、酒がなければつまらない