どこまでも広がる青空。ずっしりとした入道雲。青々と繁る樹々。見渡す限り青と緑に囲まれた山の頂上付近に、場違いなほど人工的な鉄筋コンクリート造りの建物が遠目からもよく見えた。  じりじりと地上を焼かんと照り付ける太陽の光を貪欲に得ようと、その手を目一杯広げる樹々を尻目に、いくつもの建物が軒を連ね、白く光を跳ね返している。  その建物の中の一室。四十名の生徒たちが黒板に大きく書かれた文字を前にして喧々囂々と言葉を交わしていた。 「私、カフェがいい!」 「メイド喫茶みたいな?」 「お、いいねいいね」 「じゃあ男子は女装で」 「「「「「却下」」」」」  不穏な単語が出たところで、一斉に反対の声が上がる。図らずも息ぴったりのその台詞に、あちらこちらから失笑が漏れた。 「なんで!? おもしろいじゃん!」 「絶対ヤだ!」 「でも普通のカフェじゃつまんなくない?」 「確かに。他のクラスと被りそう……」 「じゃあ仮装は?」 「仮装?」 「うん。ほら、ハロウィン近いし」  校舎から見渡す限り緑に囲まれている聖稜学園は、麓の小さな町からでもバスで三十分ほどかかる。その町へ赴くにも、中心街から一時間ほど要するため、通いよりも寮生活を選択する者の方が圧倒的に多かった。  聖稜学園では、閉鎖的になりがちな学園生活に飽きないよう、イベントや部活動が盛んに行われている。とりわけ十月の末の週末に行われる学園祭は、学外からも多数の来場者のある、年に一度の大規模な催しである。  その頃に山を下りれば、学園祭に合わせてか町はカボチャだらけ。遠方からの来場者を楽しませるように黒とオレンジに彩られ、ハロウィン一色に染まっているものだった。 「じゃあ、ホラー系?」 「お化け屋敷とかどう?」 「脅かすのも楽しそうだね」  カフェ、店頭販売、劇、音楽、研究発表、ミニ遊園地、お化け屋敷、フリーマーケット。話はどんどん広がっていき、様々な案で黒板が真っ白になっていく。  ある程度意見が出尽くしたところで、ふたつ鳴らされた手拍子が脱線していく会話を遮った。 「はいはい、じゃあとりあえず大まかに決めよう。飲食系、発表系、エンターテイメント系ってことで。やりたいのに手を挙げてね」 「複数はあり?」 「なし!」 「マジか~!」  やいのやいのと手が挙がっていき、僅差で飲食がエンターテイメントを上回った。せっかくなのだから、とエンターテイメント系の意見も取り入れた結果、二年D組の出し物はハロウィンを意識したホラーテイストのカフェとなった。  全員が主役になるべき、と裏方に専念する者は作らない。表に出るときは必ず何かしらの仮装をすることも決まった。全体の装飾からそれぞれの衣装、要となるメニューなど、やらねばならないことは山積している。  本格的な準備は夏休みが明けてからではあるが、夏季休暇中にある程度の用意ができるよう、実行委員である赤松と波田野を全体統括として、次回、大道具係、衣装係、食事係と役割分担を決めることとなった。        * * *

「なあ」 「ん」 「なに?」  少しでも涼を取ろうとワイシャツの襟を扇ぎながら、寮へ向けて並んで歩く男子生徒が四人。どの係がやりたいか、どんな衣装が似合いそうか、どんなメニューが食べてみたいか。次から次へと移って行く話題は、自然とつい先ほどまで話し合っていた学園祭のことが中心となる。  そんな中、アイスクリームをかじりながら意を決したように声を上げたのは、先端が頭の後ろから見えるほど大きな黒いケース――その特徴的な形状からギターに類するもの――を背負った伊万里駿だ。 「学祭さ、バンドやろうぜ!」 「ヤだ」 「なんで!?」  取りつく島もなく却下され、伊万里は大袈裟に嘆く。 「クラスのがあるし」 「楽器できないし」 「めんどくさい」  助けを求めるように三人を仰げども、反論する隙も無く叩き潰されてしまった。伊万里はぐ、とこぶしを握り締め、乗り気でない面々に向かっていかにバンドが楽しいか力説する。 「クラスで仮装喫茶するじゃん。その衣装着てライブやったらさ、絶対目立つし話題になるし宣伝になるし! いいことづくめだろ?」  ぐいぐいと迫る伊万里に、三人はいつものこと、と取り合おうとしない。しかし、流そうとすればするほど、ツンツンと跳ねる髪が逆立つように伊万里の熱がこもって行く。その様に、立っているだけで首筋を汗が流れるような真夏の熱気がさらに上がった気がして、どうにかこうにか諦めさせるよう言葉をぶつけていく。 「それ、俺たちがやる必要ある?」  ――アイスクリームを早々に食べ終え、我関せずとばかりに鞄から取り出したおにぎりを頬張る朝昼夕の言。 「中途半端なもの見せる訳?」  ――端整な顔立ちに影をつくる髪をかきあげ、また始まった、とばかりにアイスクリームにかじりつく宇佐見貴登の言。 「めんどくさい」  ――長い髪をいつもより高い位置で結い上げ、欠伸を隠しもせずにぼやく春川霞の言。 「いいから! 俺が教えるから!」 「仮にやるとして、楽器はどうすんだよ」 「そうそう、練習するのにもいるでしょ」 「学校の予備のやつがある!」  朝昼と宇佐見がどう話をしても無理矢理に軌道修正をされ、逃げ道が徐々に塞がれていく。手詰まりか、というところで、それまで傍観に徹していた春川が声を上げた。「しゅんしゅんはさあ、なんでそんなにやりたいわけ?」  ひとつ。静かに息を吸い、伊万里がその返答を口にする。 「……だってさ、来年はクラス変わるかもしれないし、受験勉強で忙しいかもしれないだろ? 今のうちに思い出作っておきたいなって思ってさ。お前たちと」 「は?」  渾身の告白に、間髪入れずに差し込まれる音。不機嫌そうに角ばったその声の主は吐き捨てた。 「別の思い出でいいだろ。わざわざできもしねえ、中途半端なもん見せるくらいなら、やらねえ方がいいに決まってら」  至極最もな指摘に、伊万里は残りふたりの顔を見る。視線に気付いた朝昼は肩をすくめ、春川は首を横に振った。 「はあああああ!? 今の完全にやる流れだっただろ!」 「駿、うるさい」 「俺いいこと言ったじゃん! 絶対しょうがないな、って折れてくれるところだろ!」 「うわ……」  周囲の視線も何のその。救いの手が現れないことに、伊万里は盛大に声を上げた。三人からの呆れ切った視線に構わず、伊万里の抗議は続く。 「やだやだやだやだ! やる! 絶っっっ対やる!」 「駿、うるさい」 「やだやだやだやだ! みんなで一緒にやんの! 絶対絶対バンドやんの!」 「……うわ」  地団駄を踏み、拳を握り締めて騒ぐ伊万里に、付き合いきれない、とばかりに三人は肩をすくめて寮への道を進む。 「仮装、何になると思う?」 「あ、そっか。衣装係になれば決められるんだ」 「……俺、衣装係にしようかな。夕は食事係だろ?」 「うん。よろしく」 「ねえ、俺を何だと思ってるの?」 「春川は何一つ安心できない」 「ひどくない?」  置いて行かれる格好になった伊万里は慌てて駆け寄り、真ん中を歩いていた宇佐見に勢いのまま飛びついた。 「なあなあなあなあなあなあなあなあ! やろう! やって! やる!」  衝撃で踏鞴を踏んだ宇佐見は、腰元に伊万里をぶら下げたまま会話に戻ろうとするも、抗議――ではなく、最早ただの駄々――の声は一向に収まる気配がない。  周囲の視線も痛くなってきたところで、宇佐見は大きく嘆息して立ち止まった。期待に満ちた顔が上がる。一瞬落ちた沈黙に、小気味のいい音。 「駿、うるさい」 「ええ、だって!」  容赦無く叩かれた顔面を押さえ、再び上がる抗議の声を物理的に黙らせた宇佐見は、巻きつく伊万里の腕から乱暴に抜け出す。 「ズルいよねえ、しゅんしゅんってば」 「粘り勝ち、かな」 「しょうがねえから、静かにするならやってやるよ」 「……え。ええ!? マジ!?」  大袈裟に驚く伊万里の背を、三人がそれぞれ力いっぱいに叩く。いってえ! セミの大合唱をバックコーラスに、その声はよく響いた。

数日後。全体の方向性が決まり、役割分担もひと悶着あったものの、何とか決めることができた。目指すはホラー映画で出てきそうな洋館のお茶会だ。伊万里は大道具係、宇佐見と春川は衣装係、朝昼は食事係として、それぞれの係ごとに話し合いに参加することとなる。  大道具係は十三人。教室内外のレイアウトや装飾、小物等の作成、配置と雰囲気の大部分を担う重要な仕事だ。四つ合わせた机に紙を広げ、その周りを近くから持ってきた椅子に座ったり上から覗いたりしながら、話を進めていた。 「ホラーな洋館でしょ?」 「蜘蛛の巣がかかってる感じ?」 「そうそう!」  それぞれの思い描く内装を上げていく。数人は携帯端末で画像探しを行いながら、ああでもないこうでもない、と意見を交わしていた。 「シャンデリアは流石に無理だけど、蛍光灯ってちょっとなあ……」 「天井からこう、ざっくりした布を吊るしてみるのは? 蜘蛛の巣みたいな」 「それなら、蛍光灯も多少隠れるし、薄暗くなるしでいいんじゃない?」 「あんまり暗くなりすぎるのも色々支障が出るしね」  蛍光灯自体は活かすものの、不躾にならない程度に隠すこととなった。より蜘蛛の巣の質感が出るような、埃を被ったような雰囲気にするための方法の検索が並行して行われる。  「壁は?」 「ロッカー側を控室兼調理場が妥当かな?」 「黒板は生かす?」 「なるべく教室っぽいものは隠した方がいいよね」 「あ、枠作って画廊風にするとか」 「最高! でもそれ誰が描くの?」 「里見は?」 「ううん、それはいいけど、せっかくなら夏休みにちゃんと描くよ」 「よーし、決まり」  普段は物静かな里見は美術部でもかなりの腕前ということがクラス中に知られている。以前あったクロッキーの課題では、それは見事に中庭の木々とベンチを画用紙一杯に写し取っていた。 「窓はどうする?」 「枠作ってステンドグラス風とか」 「色セロハンでちょっと試してみる?」 「なあ、切り絵とかどうよ?」 「ガチのやつじゃん。え、松浦できんの?」 「おう。俺、夏休みにちょっと作っていい?」 「手伝えることあったら言ってよね」 「りょーかい」  こざっぱりとした短髪で、普段はサッカー部として活躍している松浦の発言に、意外そうな声が上がる。夏休みは部活動と大会で埋まることを知っている面々は、無理をしないよう声をかけた。 「あ、ねえねえ扉!」 「せっかくだし、やっぱり観音開きにしたいよね。洋風のお屋敷って感じで」 「でも廊下に設置するのは難しくない?」 「でもせめて引き戸はやめたいなあ」 「……あ」 「なになに?」 「あのさ、教室の中にもうひとつ扉を作るってのはどう?」 「天才! じゃあ廊下から入って、もうひとつ通路がある感じ?」 「蛍光灯は抜いて暗くして、ランプを垂らせばそれっぽくならない?」 「いいじゃんいいじゃん!」 「ねえ、こういうレイアウトはどう?」  言い出した那須が教室らしい長方形の内側、右から四分の一程度の場所に一本、下から三分の一程度の場所に一本線を引いた。長方形の外側に上から時計回りに黒板、廊下、ロッカー、窓。長方形の内側の一番広い部分にホール、下側にキッチン、右側に通路と書き加えた。 「ホールが狭くなりすぎないように気を付けないとね」 「あとで教室の大きさ測ろう」 「じゃあ、レイアウトはこれで決まりでいい?」  それぞれが互いの顔を見合わせ、大きく頷く。満場一致で大まかなレイアウトが決まったところで、自然、次の内容へ移っていった。 「席の配分どうする?」 「二人席四と四人席三くらい?」 「ちょっと少なくない?」 「あんまり多くても大変だよね」 「狭いと移動も大変だし、そんなに来るかわからないし……キャパ二十人くらいあれば十分じゃない?」 「何食目標か、っていうのもあるよね。食事係にも関わるし、統括に上げて全体で決めよう」  席と席の間に余裕を持ちつつも、なるだけ多くの席を確保すること。座席の配置は、レイアウトの一番の悩みの種だろう。不用意に接触してしまい、せっかくの衣装が汚れたり、客の食事に万が一のことがあったりしてはならない。衣装がどのようになるかわからないこともあり、広めの通路の確保は必須であった。 「間仕切りは暗幕でいいんだよね?」 「パーテーションだと天井まで届かないしね」 「ねえ、パーテーション立てて、その隙間を暗幕の方がいいんじゃない?」 「確かに。床まで暗幕だと重いし、パーテーションだと直に加工できるから楽だよね。足だけ気を付ければいいんだし」 「じゃあどっちも、結構な量を確保しておかないと。取り合いになるよ」 「大きさってどれくらい?」 「統括経由で確認かな」 「暗幕って重いよね。吊るなら画鋲じゃ危ないかな」 「絶対落ちると思う。それも追々考えよう」  空間の区切り方も決まったところで、これからやらねばならないことをまとめていく。授業の一環として使える時間は残り僅かだ。 「なら、あとは全体のデザイン?」 「そうだね。じゃあ今日はこれで終わりかな」 「オッケー。夏休み前までに各スペースの広さ決めちゃおう。キッチンスペースは食事係に相談ってことで」 「あ、全体デザインは夏休み前に決めておいた方が良くない?」 「確かに。その方が絵とかステンドグラスとか雰囲気わかるもんね」 「じゃあ、次回までに各自一案持ってくるってことで」 「マジ?」 「絵でも写真でもアリ。ネットで調べたらいっぱいあるし、被ったらそれはそれでよし」 「じゃあそういうことで。今日は解散!」 「お疲れー」  解散の合図があったところで、丁度終業のチャイムが響く。他の係も話し合いはおおよそ終わっているようだ。

* * *

衣装係は十七人で、ひとりあたり二、三人の衣装を担当する。せっかくなのだから、と気炎を上げてはいるものの、如何せん大半が服など作ったことのない高校生だ。 「で、衣装だけど」 「俺服なんて作ったことないんだけど」 「俺も」 「私も」 「っつーか、そんなんやったことあるヤツいんの?」 「俺ある」 「あ、あたしも一応……」 「マジかよすげえ」  問いかけに、おずおずとふたりの手が上がる。蒲生と三好だ。ふたりは共に演劇部に所属しており、舞台衣装を手掛けることも多い。今回の企画にうってつけな人材である。 「なあ、買った方が早くねえ?」 「四十人分買うなんていくらかかると思ってんの?」 「シフトがどうなるかわかんないけどさ、十人分くらい作って着回しが一番楽だよね」 「二人で一着計算か」 「でもさー、どうせなら全員着たとこ写真撮りたいよな」 「わかる。私も着て校内回りたい」 「それな」 「じゃあ全員分作るか」  教室の中でもひと際大きな輪だ。人数の関係上、誰もが見える黒板を囲った面々が楽しそうに賛成の声を上げる。 「まあ、とりあえずどんな仮装作るか決めよう」 「誰に何着せたいか決められるのって、衣装係の特権だよね」  わいわいと案を連ねて行く。ひと通り候補に挙がったものから、実現可能そうなものを絞っていけばいいだろう。 「王道はやっぱりヴァンパイアに魔女?」 「ゾンビとか」 「ミイラ男も」 「狼男!」 「フランケン」 「悪魔なんていいんじゃね?」 「雪女とか?」 「和風もアリなの? じゃあ座敷童とか」 「鬼?」 「じゃあカッパ」 「パンツ一丁はかわいそうだよ」 「天狗とか」 「あ、カボチャ男とか」  次々と挙がっていく意見に、黒板が白く埋まっていく。そんな中投げ入れられた一言に、その場がどっと沸いた。笑いすぎて涙をぬぐっているものまで出てくる始末だ。 「は、春川、それヤバい……絶対誰かにやらせよ」 「神野とかどう?」 「委員長~!」 「太田じゃね?」 「食ってばっかだから?」 「カー○ィじゃん」 「まさかの!」 「待って待って。あんまり外れると大道具係から苦情来るから……!」 「お前も笑ってんじゃん」 「無理でしょ。カ○ビィだよ!?」 「人型ですらないんだけど!」  未だに収まらない笑いの渦が脇道に逸れていくのを必死に軌道修正しようとする南部もまた、笑いが収まらずに苦しそうにしていた。 「え、えと……そう、アレ! 骸骨!」 「じゃ、じゃあキョンシー!」 「パンダ?」 「だからなんでだよ!」 「それなら猫じゃない?」 「ナースは? なあ、ナース!」 「それお前の趣味だろ」 「じゃあミニスカポリスに逮捕されたい」 「血みどろにされたいって?」 「それはちょっと……」 「ナースに血を抜かれたら丁度よくなるんじゃない?」 「そういうこと言っちゃう?」 「ちょっと待った! 洋館!」  趣味全開で口を開いた木曽に、男子生徒が全力で乗ったり辛辣なツッコミを入れたりしていると、流石に呆れたのか十河がストップをかける。我に返った一同は、いつの間にか浮いていた腰を椅子に戻し、黒板を見上げる。 「そうだった」 「洋物にするか」 「そしたら屋敷に狼男って微妙じゃね?」 「窓の外に満月作ってもらおう」 「猫はセーフ?」 「雰囲気に違和感なければ良いと思うけど」 「和物はどうする?」 「お化け屋敷やるクラスがあるんじゃない?」 「じゃあ、今回はなしで」 「そっちに任せよ」 「じゃあヴァンパイア伯爵の館~みたいな」 「フランケンシュタインと悪魔?」 「いいんじゃない? そしたら猫と狼男と」 「せっかくだから血みどろのお嬢様が見たい」 「あとカボチャ男」 「最高」  並んだ文字を見つつ、テーマに相応しいものはどれかを考えていく。洋装のものであれば、自前のものから捻出できる可能性は高くなる。 「じゃああとはどれを誰に着せるか決めよ」 「まあ、衣装係にならなかった時点で拒否権はないよね」 「是非もなしってやつだ」 「あ、女装はナシ」 「「「えええ」」」 「「「ナシだからな!」」」  わくわくとキャストを決めようとしている面々から悲鳴が上がった。心底残念そうな顔を向けられた男子生徒一同は口を揃えて力強く言い切る。見なくていい未来を、わざわざ切り開く必要はない。  それから、それぞれの衣装についてどのように作るかを話し合っていく。基本的に制服のシャツで対応できるものが殆どではあるが、そうもいかない魔女や狼男、猫娘をどうするかが焦点となった。  結局、魔女はワンピースを自前で好きに用意すること、狼男や猫娘は耳とレッグカバー、アームカバーを小物で対応することとし、それ以外はそれらしい私服を個々で用意することとなった。夏休み明けに担当する者に対し、コーディネートをすることとなる。  そこまで決まったところで、時間切れのチャイムが鳴り響く。具体的な小物の作成は次回に持ち越しだ。

* * *

食事係は六人。当日提供するメニューだけでなく、カトラリーや机の上の小物、キッチン回りの配置など、少数精鋭ながらやるべきことのボリュームは多い。 「洋館のお茶会とはいえカフェだから、そんなに大層なものはできないよね」 「あんまり作るのに時間がかかるものも大変だし、誰でもできるってなると簡単に盛り付けられないと、俺たちが泣きを見るよ」  しみじみとつぶやいた朝昼の言葉に、一同は神妙に頷く。シフト交代制とは言え、キッチンに入ることができるのは一、二名。多くても三名だ。自分たちの負担を軽くするためにも、提供物は簡単なものの方がいいに決まっている。 「せっかくだし、紙皿じゃなくて、ちゃんとしたものの方がいいんじゃない?」 「みんなの私物を持ち寄ればいいと思うけど、そんなに数ある?」 「ううん、テーマに合いそうな食器となると難しいかもね」 「いっそ買っちゃって、あとで欲しい人が買い取るとか」 「その前に実家に聞いてもらった方がいいんじゃない? 夏休みはみんな帰省するでしょ」 「そうだった」 「良さそうなのがあったら共有してもらうってことで」 「なんにせよ、メニューを決めないと必要な皿の大きさも決まらないな」  話し合いが始まってしばらく。そうだそうだ、と今回の企画のメインをどうするか、という話題に移っていった。 「メニューかあ……」 「ドリンクはコーヒーと紅茶とジュースでいいと思う」 「メインにもよるけど、ジュースも一種類でいいんじゃないかな」 「賛成。種類多いと大変だし。いっそ提供はセットオンリーにする?」 「それがいいんじゃない? 無駄な長居減らせそう」 「全部同じ値段にすれば、会計も楽だよね」  なるべく無駄を省くように、提供する種類は可能な限り減らす方向で検討する。種類が増えればそれだけ仕込みに手間と時間がかかり、材料費も上がり、ロスも増える。選択の余地は減るものの、そこは仕方がないと割り切るしかないだろう。 「メインはどうする?」 「王道なところだと、ケーキとゼリーかな」 「ムースが食べたい」 「スイートポテトがいい」 「タルトもいいぞ」 「んー、パフェとか?」 「あとはクッキーかなあ」 「ドーナツもいいよね」 「プリンとかパンナコッタもあるよ」  一通り名前が挙がったところで、並べられたデザートの名前を眺める。どれもカフェのメニューとしては悪くないものではあったが、実際に作るとなるとどれにするかは考えなければならない。 「あんまりメニュー多すぎるのも大変だよ」 「多くて五種類までかなあ。できれば三種類までにしたいけど」 「常温保存できる方が楽じゃない?」 「クーラーボックスも限界あるしね」 「寮の冷蔵庫持ってくる?」 「ないとしんどいけどあんまり入んないし、場所取るし、やっぱりメインは常温でいけるものにしようよ」  浅井の言葉に、賛同の声。どのような配置になるにせよ、教室の中で提供する以上、控室が狭いのは必定。とすれば、なるだけ場所を取らず、かつ単体でそれなりに見栄えのするもの、盛り付けの手間が少ないものとなってくる。 「そうしたらケーキかタルトが一番いいのかな」 「タルト生地作るの面倒だし、たくさん焼くならケーキ一択じゃない?」 「そうしよ。ケーキも種類いろいろできるしね」 「こう、トッピングがいらない系統がいいよね」 「ショートケーキは地獄」  学園祭の当日。夏の盛りである今よりは気温も下がっているだろうが、人口密度もあって室温が高いことが予想される狭い空間。その中に置いておくショートケーキ。クリームが無惨にも溶けてしまう光景が六人の目に浮かんだ。 「せっかくだし、カボチャのケーキ入れたら?」 「いいんじゃない?」 「じゃあ、あとは普通のシフォンケーキとチョコレートケーキ?」 「あ、セットオンリーなら、甘いもの苦手な人でも食べられるようなメニューも必要だよね」 「じゃあケークサレ焼こう」 「ケーキ焼くなら一緒だよね」 「トマトとジャガイモとズッキーニがいい」 「玉ねぎとベーコンとパプリカだって」 「ナスとシメジとホウレンソウでしょ」 「はいはいはい! ケークサレの中身は試食して決めよう! あと予算!」  何を入れても美味しくなるケークサレはあまりにも意見が纏まらないため、一旦保留だ。それぞれが頷き、残りの一枠をどうするか話し合いが進められた。 「原価が安いのはプレーン一択なんだけどね」 「他と値段を合わせるならチョコだよなあ」 「色味を変えた方が取り間違いは減るんじゃない?」 「ならチョコでいっか」 「じゃあ、カボチャのケーキとチョコレートケーキに具は要検討のケークサレってことで」 「うん。ちょっと工夫すれば、どれもかなりイイ線いけると思う」  なんだかんだするすると案が纏まり、メインメニューが決定となった。このケーキたちをどのような一皿として提供するのかは試食をしつつ、ということになるだろう。 「じゃあ、みんな夏休みにちょっと考えてきて、休み明けに試食会しよ」 「オッケー。食器はどうする?」 「八号型ってある?」 「炊飯器で良くない?」 「採用。じゃあ二十センチ径くらいあれば十分かな」 「じゃあ次の全体会で。一応統括に言っておくね」 「よろしく」 「コーヒーカップとティーセット、あとグラスに……カトラリーはフォークだけでいいかな」 「そうだね。席がどれくらいあるかわからないけど、三十セットくらいは欲しいよね」 「洗うの追いつく?」 「皿洗い要員、シフトに作ってもらおうか」  話し合いがひと段落したところで、終わりを告げる鐘が鳴り響く。わいわいと話をしていた面々は思っていたより集中していたようで、それぞれほ、と息をついた。 「全員に美味しいって言わせてやろうね!」

* * *

全体統括には実行委員の赤松と波田野、補佐として学級委員長の神野と副委員長の黒井が入り、各係や実行委員会本部との調整、当日のシフト、客の流れ、提供方法、広報、経理など、必要に応じて個々に声をかけたり手伝ったりしながら、山積する仕事にひとまず優先順位をつけるところから始めていた。 「とりあえず、各係から質問があったら都度確認するとして」 「当日の人の流れはレイアウトが決まらないとなんとも言えないよね」 「それは大道具係待ちかな」 「クラスの助成は?」 「一応五千円は出てるけど」 「やろうとしてることの規模を考えると、絶対足りないよね」 「まあ、多少の持ち出しは覚悟してるでしょ。最低限消え物関係だけは回収したいところだけど」 「そこが赤だともうどうしようもないよね」 「となると、やっぱり宣伝をちゃんと考えないと」 「衣装係、たぶん全員分作ってくれると思うから、それで動くだけでも大分違うと思うんだよね」 「どんな衣装かわかんないけど、うまいこと宣伝文句を入れてもらえれば当日はいいと思う」 「事前放送か……」  クラス委員長である神野が思い出したように呟いた。全校生徒が楽しみにしているようで、案外聞き流しているもの。ただし、印象にさえ残れば当日必ず当たるものを。 「宇佐見と陶あたりに頼めばいいんじゃね?」 「うわ、映えそう」 「ふたりの仮装が何か、まではさすがに決まってないだろうけど」 「あのふたりはネタに走らせないでしょ」 「まあ、せいぜい男女逆転だよね」 「王道で行くんじゃないかな……ヴァンパイアとお嬢様、みたいな」 「ああ……見たい」 「それで演劇やってほしい」 「言えば多少の小芝居はしてくれるんじゃない?」 「それも含めて考えよう」 「衣装係に確認で」  四人は顔を突き合わせて頷くと、書記をしていた波田野が次は、と逡巡した後に声を上げた。 「当日のシフトかな」 「一般開放は十時から十五時だよね」 「そう。前後一時間は生徒だけ」 「土曜の朝礼で開会式、日曜の十七時で閉会式の予定だね」 「九時から十二時、十二時から十四時、十四時から十六時の三交代でどう?」 「それ中番キツくない?」 「でも二交代だと人数多すぎるよ」 「四交代だと十人……いけるとは思うけど」 「ふたりは実行委員の仕事があるんだよね?」 「うん。ちょっとシフト入るの厳しいかも」 「四交代か三交代かは、キッチンがどれくらい必要かによってくるよね」 「これも休み明けかな」 「交代は多い方が時間的な拘束は少なくて済むし、そっちの方がいいと思うけど」 「忘れる人もいるだろうからなあ……誰とは言わないけど」  クラスの副委員長である黒川が苦々しく言えば、乾いた笑いが響く。四人の脳裏には同じ面々が過っていた。気を取り直したように、赤松が声を上げる。 「ええと、必要なのはキッチン、ホール、会計、入場整理……くらいかな?」 「そうだね。キッチン二、三人、ホールに三~六人、会計一人、入場整理一人か二人ってとこかな」 「いいんじゃない?」 「みんなに他のシフトがあるかは休み明けに聞かないとね」 「あ、じゃあ俺アンケート作るわ」 「ありがとう」  人的配置がひと段落ついたとこで、要の資金繰りについて話が進む。なるだけ持ち出しは減らしたいというのは、アルバイトもできない寮生活をしている身としては切実な問題だ。 「衣装代は自腹が出るとしても、多少は回収したいよね」 「でも実際五〇〇円が限度じゃない? それ以上ならそれなりのクオリティがいるし」 「そこは食事係に期待かな。クオリティがそれなりなら、千円は無理でも七、八〇〇円ならイケると思う」 「学祭でそこまで出す?」 「普通のカフェ並だよ」 「うーん、お祭りだし、出してくれないかな」 「まあでも、そうなってくると手間と材料費もかかってくるよねえ」 「手間はみんなで手伝うとして、最低限、材料費の倍は取らないと。衣装は仕方ないとしても、食品周りの小物代は回収しておきたいよね」 「衣装代含めてトントンになれば大成功、かなあ」 「目標はそこだね。できれば打ち上げ代まで欲しい」 「みんなに期待」  その後、細々とした今後の予定を立て終えたところで、赤松が席を立って拳を突き上げる。 「目指せ売り上げ十万円!」  釣られるように波田野が、その体格を遺憾なく発揮して力強く拳を掲げる。 「時間売二万円!」  副委員長の黒川が、勢いよく決意とともに拳を握りしめた。 「行列のできる店!」  最後に委員長の神野が、拳と共に高らかに声を上げた。 「最優秀クラス賞!」 「「「「おー!」」」」  係の話し合いを終わらせ、聞き耳を立てていた面々が一緒になってハイタッチに嬉々として混ざってくる。笑いながら盛り上がっているところに、担任が扉をがらりと開いた。 「……お前ら、始まる前から打ち上げか?」

ホームルームも終わり、四人はいつもの帰途ではなく、部室棟へ足を向けた。それぞれ部活動に向かう者、寮へ帰る者、自宅へ帰るためにバス停へ向かう者など、様々な人で賑わっている。 「なあ、みんなは楽器何やりたい?」 「何があんの?」 「うーん、四人だからなあ。俺がベースだから、ふたりはギターとドラム。もうひとりはギターかキーボードかな」 「へえ」  伊万里が声をかければ、朝昼が問い返す。続いた説明に、宇佐見が相槌を打った。 「一番簡単なのは?」 「両手両足が全部違う動きをするのがドラムだから、これは夕がいいと思うんだけど」 「……うん、頑張る」 「なあ、簡単なのは?」 「簡単なのはない!」 「じゃあヤだ」  しきりに言い募る春川に、伊万里はバッサリと返した。不満そうな顔をしてそっぽを向く春川の腕をがっしりと抱えて引っ張る。 「それはナシ。春川と貴登はふたりでギターな」 「ふうん。いいけど」 「ええ……めんどくさ……」  不満たらたらな春川をなだめすかしながら、軽音部の扉を開ける。狭い室内に無造作に並ぶアンプにバスドラム。傷つけないよう、上からかけられた毛布。その隙間に突っ込まれた譜面台、立てかけられたギターにキーボード。積み上げられたスコア。 「あれ、伊万里じゃん。珍しい」  スコアの山から目当てのものを引っ張り出していた土岐は、目を丸くして伊万里を見る。 「土岐! あのさ、学祭でバンドやるから練習したいんだけど、余ってるギターとドラムってある?」 先ほどまで同じ大道具係として顔を合わせていた伊万里は、助かったとばかりに言葉を返した。 「へえ、ついに……やっと口説き落としたんだ。おめでとう」 「そうなんだよ! マジで楽しみ」 「そっちの三人が楽器できるって聞いたことないけど」 「俺が教えるからいいんだって!」 「……なるほど」  後ろの三人の様子に納得したように頷いた土岐は、壁に掛けてあるギターと、奥の方に追いやられているドラムを指さした。 「あの二本はこの前先輩たちが自分の子をゲットして、こいつから卒業だ、って嬉しそうにしてたから大丈夫じゃねえかな」 「赤いヤツ?」 「と、その隣の緑のな。ドラムはあの白いやつがフリー。時々叩いてはいるけど、調整した方がいいと思う」 「サンキュ」 「じゃ、頑張れよ」  数部束ねたスコアを鞄に突っ込んだ土岐は、伊万里の後ろに立っていた朝昼の肩を叩き、廊下に立てかけていたギターケースを担いでそのまま部室を出ていった。  伊万里はその背に声をかけると、埋もれているドラムセットを発掘するため、その前に鎮座するアンプをせっせとよける作業を始めた。 「駿、俺らどうすればいい?」 「あー、これどかすの手伝ってくれねえ?」 「じゃあ、俺あのギター持ってく」 「気を付けろよ」  協力してドラムセットに必要なものを一通り出したところで、四人は達成感に大きく息を吐いた。 「で、これどうすんの?」 「ここじゃ練習できないから、近くの教室まで持ってく」 「マジ?」 「マジ」 「嫌だ……」 「文句言わないで持ってけ持ってけ」

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文句を言いつつも、近くの教室まで二往復してバスドラムとスネアドラム、ハイハットシンバルを一台ずつ運んでいく。机を動かして場所を確保しつつ、朝昼を椅子に座らせ、その前にセットを並べた。 「おお……」 「すげえ、夕、かっこいい」 「メトロノームの使い方わかる? この重りを動かすんだけど」 「速さ変わった」 「なるほど」  とりあえず、とばかりに速さを百二十に設定し、メトロノームを鳴らす。規則正しい音が教室に響き始めた。 「なあなあ、この八十とか百とかって何?」 「一分間に何回鳴るかってこと。六十なら一秒に一回かな」 「へえ」  頷いた朝昼に、伊万里はスティックを渡す。最終的に自身の相棒はベースに決めたが、いつかバンドをやりたい、という思いが捨てきれず、衝動的に購入していたものだった。 「ドラマーっぽい」 「ドラマーになるんだよ。とりあえず、基本はこう」  軽音楽部に入部したとき、一通りの楽器は経験したため、それぞれの音の出し方や練習方法はわかる。宇佐見と春川が興味深そうに見るのを感じながら、伊万里は右足と左足のポジションをそれぞれ示した。 「とりあえず、右足のペダル、踏んでみ」 「お」  幾度か踏み方を変えてみれば、その強さによって音の大きさが当然違う。どんどんどん、とペダルを踏む朝昼を見つつ、春川が疑問を投げた。 「ねえ、なんでこれだけなの?」 「最初からそんなにあってもしょうがないだろ」 「そういうもん?」 「そういうもん」  朝昼の前にあるのは、正面のバスドラムと、ハイハットシンバル、その間にスネアドラムが一台あるだけだ。想像するドラムセットよりも大分小さなそれに不思議そうに首を傾げる。 「これだけできるのも結構大変なんだよ。左足はここ。踏んで」 「閉じた」 「ハイハットは、踏むとこうやって閉じるんだけど、踏まないときと踏んだときで、叩いたら音が違ってくるのはわかるだろ?」 「ああ……」 「ドラムセットにあるスネアとシンバルは全部音が違うから、スコアにそれぞれどれをどのタイミングで叩くか載ってんだけど」 「うん」 「とりあえずこの三つができないとどうにもならないから」 「……わかった」  納得したのか、朝昼は左右の足を交互に踏んだり連続で踏んでみたりと自分なりに楽しんでいる。と思えば、不意に眉間にしわを寄せて伊万里を見上げた。 「駿、これ難しいんだけど」 「わかる。一定のリズムで同じ大きさで鳴らすのって大変なんだよな……一曲五分くらいあるから、その間ずーっとキープしないとなんないし。しかもそこそこ大きい音出さないと他に負けるし」  げんなりとした顔の朝昼の背を叩き、伊万里はスティックを示す。くるりと回して中央のスネアドラムを一回叩いてみせた。 「スティックの持ち方はこう」 「こう?」 「力は抜いて、指の先で軽く持つというか置くというか、支えるイメージな」 「なるほど」 「で、夕はとりあえず、このメトロノームの音に合わせて叩く。なくても一定のリズムをずっと保てるようにする練習な」 「ずっと?」 「とりあえず、これを基準にして、こんな感じ」  スティックの持ち方を簡単に伝え、それから練習方法を伝える。目の前にスネアドラムを引き寄せ、メトロノームのテンポを一拍として、四分、八分、十六分を四拍ずつ叩いてみせた。 「……駿、もしかしてヘタクソ?」 「う、うるせえ!」  しかしながら、叩いた音は飛んで跳ねて転び放題、左右で音の強さも違うことが一発でわかるほどのものだった。 「……ベースってリズムだよな?」 「お、俺は左手がダメなの! ベースは左手は弦押さえてるから問題ねえの!」 「うーん、なるほど?」 「俺、しゅんしゅんよりうまくできるわ」 「はい、次! ギターやるぞ!」  にやにやと笑いながら春川と宇佐見はその背に続いて少し距離を取る。後ろから楽しそうにリズムを刻む音に、伊万里は吠えた。 「夕! それできたら足もつけるんだからな!」  了解、とでも言うようにバスドラムがふたつ響く。その肩を慰めるように叩いたふたりの顔を見て、伊万里は口をへの字に曲げた。

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ドラムから少し離れた場所でギターを肩から下げたふたりは、伊万里を見やる。 「おお……それっぽい」 「それっぽいんじゃなくて、俺らがやるんだって」 「駿、これどうすんの?」 「右手はこのへん、左手はこのへん」 「こう?」 「そうそう」  見様見真似でギターのネックを持つふたりに頷く。初めてギターをまともに触ったふたりは、弦を触ってみたり、右手で弾いてみたりと、早速楽しんでいるようだった。 「あ、弦って結構固いんだ」 「ニッケルだからなあ。これ、巻くと音変わるんだよ」 「そうなの?」 「んーと、音って要は振動だろ? その振動が細かければ細かいほど音が高くなるんだけど」 「うん」 「ピンと張ってる五センチの糸と、三メートルの緩んだ大縄だったら、どっちの方が振動は細かいと思う?」 「なるほど」 「しゅんしゅんにしてはわかりやすい」 「ひでえ!」  せっかく説明したのに、と怒る伊万里に笑いながら、宇佐見が続きを促す。 「だから、このネジ、ペグって言うんだけど。これを回して弦を張ったり緩めたりしてチューニングすんの」 「へえ」 「で、弦を押さえて弦の長さを短くすれば、解放したときの音より高くなるってわけ」 「なるほどね」  思っていたよりも原始的な構造だ。よくよく見れば、ペグの位置は端の方がより高くなるように配置されていた。 「この線は?」 「フレット。この点がポジションマークなんだけど、要はどこに指置けばいいかの目安」 「なるほど」 「だから、どこ押さえてどんな音が出るかは覚えて」 「マジ?」 「これはしょうがない」  伊万里の宣言に、春川はがっくりと肩を落とす。宇佐見はいろいろな場所を指で押さえながら弦を爪弾き、変わる音色を楽しんでいた。 「なあ、どこでどの音が出んの?」 「ええと……あった。これ見て!」 「よっしゃ。春川、ちょっと覚えてなんか弾こうぜ」 「うん」 「えーっと、C……Cってなんだ?」  まだおぼつかないながらも賑やかな音が、僅かに残る冷房の残滓を浚って行く。少年たちの夏は、始まったばかりだ。

夏季休暇も明け、新学期が始まった。いよいよ十月の最終週にある学園祭に向けて、授業の合間に本格的な準備が進められる。  店の名前が決まり、コンセプト、もといストーリーが決まった。  回転率を上げる方法も話し合われたが、逆に残留時間の長期化になりかねない、とひとまず様子を見るようになった。あまりにも長い場合は、ホール係が声をかければよいだけの話だ。  金額はメニューと衣装と内装、そのクオリティと予算を鑑みて決めることとはなったが、五〇〇円から千円の間となりそうだ。  供されるメニューは食事係が中心となり、何度か試食を行う機会が設けられた。メインとなるケーキはもちろん、一皿を彩るものも話し合いが重ねられる。食品衛生の規制の関係から、その場で調理することはできない。そのため、あらかじめ作ったものを盛り付けるだけで済むように考える必要があった。  ただし、当日のキッチン担当のうち、食事係は一名のみ。繊細な盛り付けは不要で、誰でも簡単に出来ること、それでいてそれなりのクオリティを出すことも条件だ。決定は難航したものの、結局生クリームを絞り、その上にそれぞれのケーキに合わせたクッキーを添えることに決まった。  全体統括の中でシフトの調整がかなり難航したようだが、結局三交代制、各時間十二、三人で担当することとなった。休み明けの話し合いで、キッチン係の要望によりキッチン補佐が追加された。主な仕事は皿洗いなどの食器の管理である。  飲物の提供は主にホール係が行うこととなり、得意な者から紅茶の淹れ方についてレクチャーを受けた。  衣装は得意な者が夏季休暇中にある程度小物のひな型を作っており、それに手を加えながら衣装を完成させていくこととなった。  日々の授業に加え、忙しくも充実した毎日に追われていた。 「あー……」  メニューが正式に決定してしばらく、食事周りの小物類の話し合いが終わった後。朝昼は音楽室の片隅にあるドラムセットの椅子で音を上げていた。少数精鋭の食事係でもある朝昼は、伊万里に誘われたバンドの心臓、ドラムの練習もある。どちらも卒なくこなしてはいるものの、納得の行く出来になっている訳ではないようだ。 「夕、お疲れ」 「衣装はなんだかんだみんな手伝ってくれるもんな」 「こっちも、物さえ準備できれば前日準備までそんなに大変じゃないし。天井から暗幕吊るすのもうまくいったしなあ」 「まあ、でもほら、俺ら料理は無理だし」 「言ってくれればなんでも手伝うからさ」 「ありがと……」  ぐったりと目の前のスネアドラムに懐きながら、朝昼は戯れに足元のペダルを踏む。それに合わせてドラムとシンバルが音を立てた。どこか疲れたような微かな音に、周りを囲っていた面々も、本人でさえも口がへの字に曲がる。 「ううん、これは本格的にお疲れだな」 「キツいなら、今日は休んでもいいぞ」 「そうそう。倒れて出られない方が嫌だし」 「おなかすいた……」 「ほら、夕、口空けて」  鞄をごそごそと漁った春川が、瓶とスプーンを取り出す。そうして、朝昼の傍に寄って声をかけつつ、瓶の中身にスプーンを突っ込んだ。ぷるり、と震える淡い黄色のそれに朝昼は鼻をひくつかせると、そのまま何も言わずに口を開けた。 「なに……あー」 「おいしいでしょ」 「チェルキオのとろけるしあわせプリン……おいしい……」 「こいつ、一口で店名まで当てたんだけど」 「はいはい、ほら、自分で持って」 「あ」 「……はいはい」  かぱりと開いた口に、春川は楽しそうに匙を運び続けた。