あの狂い咲く桜の下での出会いから少しばかり経ったころ。輪廻は、再びかの山を登っていた。その手に不思議な色合いの花を持って。 山を登り切れば、ひらけた場所にある一本の桜。そこに、真白い少女が座り込んでいた。何かを作っている様子で、真剣な表情をしている。傍らには白い男が、その長い髪を無造作に散らしながら、すうすうと寝息を立てていた。 「あ! りんねだ!」 「こんにちは、一花。何を作ってるんですか?」 「あのね、このまえりんねにおしえてもらったの。おはなのわっか!」 「ああ、花冠ですか?」 大きく頷く一花は、すぐにしゅん、と眉根を下げる。全然上手にできないから、お花がなくなっちゃう、と。 「それなら、こうですよ」 傍らに小さな鉢を置き、輪廻は一花から受け取った萎びた花を組み合わせる。目を輝かせて見入る一花に途中までやって見せたものを返し、そのまま見守ることにする。 「できたー!」 「とっても上手です。おめでとうございます」 暫くすれば、満面の笑みを浮かべた一花が、嬉しそうにその花の輪を輪廻に掲げて見せた。思わず拍手で賛辞を贈る。実際、その小さな手で紡ぎあげたにしては上等な出来だ。 「じょいち! おきて!」 「ぐえ」 一花は、傍らで眠っていた男の腹に勢いよく飛び乗った。男は、予想以上の衝撃に呻き声を上げる。渋々と起き上がった恕市は、眼前に迫る一花の鼻をつまんだ。 「痛えだろうが」 「んんん、じょいち、はなして!」 一花は鼻をつまむ不届き者の手を掴んで口を尖らせる。そうして頭を振り、腹の上に置き放した花輪を取り上げ、その頭に被せた。 「またこれか」 「じょうずにできたでしょ?」 「まあ、いいんじゃねえか」 言って、恕市は一花の頭を撫ぜる。得意げに笑った一花は、鼻をひくつかせてきょろきょろと辺りを見回し、輪廻に視線を向けた。 「りんね、へんなにおいする」 「ホントだ。お前、なんか臭えな」 「……この花だと思いますよ」 がっくりと肩を落とし、輪廻は傍らの鉢を差し出した。鉢には青いカーネーションが数輪、その花を咲かせている。 「わあ! あおいおはなだ!」 「すっげえなあ、これ」 「撫子の仲間ですよ。この色は最近作ることができたそうなので」 きれいだね。そうだな。こんな大きな青い花はなかなかないんじゃねえか。一花、はじめてみたよ。ちいさいのはさいてるよね。このあたりもそうだが、湖の方にも結構咲いてるぞ。わあ、みにいってもいい? もう少ししたら咲くだろうし、そしたら来ればいい。 右から左から、矯めつ眇めつしつつも脱線し始めた話に苦笑して、輪廻が口を挟む。 「恕市、花が咲いたら僕も連れて行ってくださいね」 「おう。いいぞ」 「ぜったいだよ!」 妙に真剣な表情の輪廻に気にせず返事を返せば、一花が重ねて念を押す。恕市は応えるようにふたりの頭を撫でてやった。花見兼ピクニックの約束を取り付けたところで、輪廻がこの花なんですけれど、と口火を切った。 「そうだ。わざわざ持ってきてどうすんだ? 煎じて飲むのか?」 「おはな、たべるの?」 恕市と一花は、向かいに座る輪廻を見上げ、同じ方向に首を傾げた。長さは違えど、光を反射する艶やかな真白い髪が同じようにさらりと揺れる。それに小さく吹き出して、輪廻はすぐに明後日の方向に反れてしまう会話を強引に引き戻した。 「いえ、そうではなく。せっかく鉢でいただいたので、増やすことは難しいようですが、育ててみませんか?」 「輪廻、ほんと!?」 「いいのか? これ、珍しいもんなんだろ?」 きらきらと目を輝かせる一花とは対照的に、恕市は訝し気な光を乗せる。頷くことで返事を返し、輪廻は小さく息をついた。 「ここで育てるのは、そうですね。実験も兼ねているんです」 「実験?」 「ええ。『最近作られた』と言ったでしょう? この色特有の何かがあるかどうか、自然に増やすことができるのかどうか、まだ調べている最中なんですよ」 ふうん、と問うた割に興味の薄そうな様子の恕市に、輪廻は苦笑する。よくわかっていない顔の一花は、しきりに葉や茎、花の状態を手で触り、臭いをかぎ、眺めまわして観察をしていた。 「どうだ?」 「わかんない」 再びごろりと寝そべり、恕市は問う。わずかに硬い声音で一花が返せば、気にするな、とその頭を撫でられる。小さく頷いた一花は、真っ直ぐに輪廻を見上げた。 「りんね、おはな、かわいそう」 「……ええと、一花?」 鉢植えにしていることがかわいそうなのか、この場に持ってきたことがかわいそうなのか、輪廻はその意味を測りかねて首を傾げる。 「最近作られたってこたあ、元々外に馴染みがねえってことだろ。種からならともかく、もう花も咲いちまってんだ。根付く以前の問題じゃねえのか」 「ああ、そうですね。うっかりしていました。そうですね、しばらくはこのまま育てて、種が出来たらこの鉢と地面と両方に植えてみましょうか」 恕市の言葉に納得した輪廻は、ぽん、と手を叩く。それから、少し考えたように先ほどとは少し違った案を提示した。なおも心配そうな表情の一花に、輪廻は笑いかける。 「この花について少し調べてきますね。確か、この花は水気を嫌うので、雨が当たらないようにしないといけなかったと思いますが」 「おいおい、そんな花を地植えなんて無理があるだろう」 「それもまた、実験ですよ。育てているうちに大丈夫になるかもしれませんしね」 「りんね、おはな、かわいそう……」 数か月後、鉢植えの花が種をつけ、それをよくよく話し合って種をまく。次の春に、再び美しい青が花開くことを三人で見ることができるかどうかは、また別の話。