うっすらと目を開ける。  そこは薄暗い実験室のような場所だ。自分は何かの台にのせられており、白衣を身に纏った人間たちに囲まれていた。その隙間からは、見たことのないような機器類が並んでいる。  人間たちは一斉にこちらに目を向ける。その視線は冷たく、気味が悪い。その集団の中央、ひときわ冷たい目線を向ける男と視線がぶつかる。 「実験は成功だ」  男はそう言い放った後、何かをつぶやいたように見えるが、それは人間の騒めきに紛れて聞き取ることができなかった。  男が手を伸ばす。その手は冷たく、どこか無機質だ。そう思いながら、目を閉じた。

再び目を覚ます。  そこはどこまでも白く続く広い空間だった。今度は白い椅子に腰掛けており、目の前には同じように椅子に腰掛けている男がいる。この光景を見るのは何度目になるだろうか。男が話しかけてくる。 「やあ、こんにちは。また会ったね。なんだか顔が強張っているようだけど怖い夢でも見たのかな」  男はスリープモードに入るたびに現れた。謎の空間、夢の中の空間。アンドロイドは、果たして夢を見るのだろうか。またこの男だ。呆れ気味に口を開く。 「また、あなたですか。頭の中に何度も入られるのは。いい気がしない」 「仕方がないだろう。私はウイルスみたいなものだからね」  日々のメンテナンスにて必ず行われるウイルスチェックの結果はいつもオールクリアだ。にもかかわらず、自身をウイルスと称する男に、眉間に皺が寄る。 「まあ、それはともかくだ。早速今日は話をするとしよう。何、単なる雑談さ。最近の調子はどうかな?確か君は今日から本格的に活動を開始するんだったね」 「そうですが。ウイルスがなぜそんなことを知っているのですか」 「私は何でも知ってるんだよ。君たちのことなら何でもね」  男はそこで一息吐く。大仰に足を組んだ男が、膝に頬杖をついてこちらを見やった。 「科学が発展した今の社会では、君たちVOIDは警察の捜査まで任されるようになった。目まぐるしい進化だよ。数十年前まではアンドロイドが生活の基盤に関わるなど、考えられなかったからね」  そうしてふ、と息を吐くように男は笑みを浮かべる。なぜそこで笑うのか、よくわからない。 「以前テレビで面白い話題が取り上げられていてね。日本の都心の人々の外出率は、昔に比べて十パーセントも低下したらしい。リモートワークが主流の会社が増えたことや、インターネットが以前よりも更に普及されたこと、若者の間では仮想空間が流行していること。理由はいくらでも考えられるが、やはり一番の理由はVOIDの存在だろう。  アンドロイドは買い物、配達、はたまた幼稚園児の迎えまで任されている。ハガキ一枚ポストに入れるのだってアンドロイドの仕事だ。費用削減のために、人間のアルバイトを雇わずにアンドロイドを使う店も増えてきている。そのときの映像ではアンドロイドがアンドロイドから商品を受け取っていた。  その番組で学者がコメントしたんだよ。いつかこの世界は、人間を必要としなくなるのではないか、とね」  そこまで言ってから、男は首を傾げてこちらを見上げる。背筋を伸ばしているこちらの顔を、下から窺い見るような格好だ。 「君はどう思う? この世界に必要なのは、人間か。それとも、君たちか」  今まで話題に上がったこともない話だった。いつも夢で会う男は他愛のない話をするばかりで、こうした存在意義のようなものを問うてきたことはない。 「両方、両方必要だと考えます。実際、私をメンテナンスしてくれるのは人間です。結局アンドロイドを作ってるのも人間なわけですから、人間がいなくなるとアンドロイドもいなくなる、と考えています」 「なるほどね、確かに、どちらかが欠けてしまえばバランスが崩れてしまうし、余計に不便になるだろう」 「はい。ですから、共存。もしくはアンドロイドの方が不要ではないでしょうか。アンドロイドは人間がいないと成り立ちませんが、人間はアンドロイドがおらずとお今までやってきました。アンドロイドがいない世界は、元に戻るだけ、とも言えます」  そう言い切れば、目の前の男は顔をあげてゆっくりと瞬きをする。それから、おかしなことを聞いた、とでも言うように笑った。 「なるほど、そういうう考えは面白いね……ああ、少し話しすぎてしまったかな? そろそろお目覚めの時間のようだよ」  その言葉を合図とするかのように、ゆっくりと目を閉じる。視界が闇に包まれる中、目の前の男の呟きが聞こえた。 「諸君は『選択』を迫られているのだ。科学技術による『勝利の可能性』か、それを放棄することによる『確実な敗北』かをーーかの有名なSF小説家、アイザックアシモフの言葉さ。  私は見守っているよ。君たちが、どんな選択をするのかをね」

「…………BR800、聞こえる? ……おかしいな、まさか機体に何か……黒田さんに怒られる……」  次に目を開けると、そこは警視庁の見慣れた一室だった。目の前にはメンテナンス係である青木玲斗が、少し焦った様子でこちらを見ている。 「あ、目覚ました…えっと、おはよう。調子はどう?」 「……そうですね。また謎の白い空間で、謎の男と世間話をしました」  白い空間に、謎の男。あれは夢なのだろうか。そもそも、夢は脳の記憶容量の整理と言われている。アンドロイドである自身にとって、記録領域の整理をする必要はない。記録した時点でデータベースにタグと共に紐付けが行われているし、学習領域にエラーもない。そもそも、脳に相当する部分はあれど、脳そのものが存在している訳ではないのだ。 「ああ、また例のあれか? まあ、大きく影響がないならいいんだけど。でも、それで何か不便というか、影響があるんだったら言ってね」 「メンテナンスでエラーが発見されていないのであれば、問題はないと認識しています」  メンテナンスを担当している青木には報告義務があるため、例の夢について報告しているが、内容までは言及していない。情報漏洩しているのであればすぐにわかるため、それもないのであろう。自身で完結しているのであれば問題はない。  報告に頷いた青木が、こちらの様子を伺いながら口を開いた。 「今日、何の日かちゃんと記録してあるよね? 君のパートナーとの顔合わせ、なんだけど……今、その彼がこっちに向かってるって。黒田さんも来てるし……俺たちもそろそろ移動しよう」 「はい」  青木がドアの前に立ち横に付いているモニターに目を合わせればドアが開く。網膜認証システム。 「なんか最近、署内のセキュリティも厳しくなってる気がするんだよね……まあ、君には関係ない話かもしれないけど……」  ぼやいた青木はひと呼吸を置いてこちらをちらりと見、すぐに視線をそらして正面を見る。 「あ、きょ、今日はその……天気いいね……」 「洗濯物を乾きづらくなるでしょうが、暑い日差しが強いよりは過ごしやすい日になるでしょう」 「あ……そっか。そうだね。今日そういえば雨、だったね」  ネットワーク上にある天気予報は、曇りのち雨を指している。おそらく青木は、晴れよりも曇り空の方を好んでいるのだろう。 「あのさ……いらない心配、かも、しれないけど、でも、大丈夫だから。君のパートナー、新人……らしいけど、でも、黒田さんの推薦らしいし……まだこの形態が導入されて2年くらいしか経ってないから、アンドロイドに否定的な人も多いけど……いつか認められる日も、くるだろうし。うん、それに、警察のVOIDって、適当に人に配られてるわけじゃなくて……その人の今までの経歴、趣味嗜好、あとは心理テストなんかの結果も反映して、人工知能がユーザー適合率……相性を測ってくれるんだけど、ほら」  ぶつぶつと言葉を紡いだ後、青木が自身の端末に触れれば、空中に小さく映像が映し出された。そこには十朱晴という名前と自身のIDナンバーが並べられている。その下には『適合率 100%』と表示されていた。 「データに間違いはないでしょう。それに、あなたは私のメンテナンスの実績がある。今まで不具合はないので、問題はないと考えます。不満、不安はありません」 「なるほど、そうか、それは良かった。このユーザー適合率の100%なんてさ、見たことなかったから俺、驚いちゃって。でも、人工知能は嘘つかないし。君たちはきっといいパートナーになれるよ、なんてね」  青木は、少しばかり肩の荷が降りたようだった。ほっと笑みを浮かべ、先ほどとは幾分か違った様子で話し出す。それに答えていれば、すぐに顔合わせの部屋へ到着した。パートナーとなる人間は未だ到着していないようだ。 「じゃあ、登録の前に一旦シャットダウンするね。何か聞きたいこととか確認事項とかあるかな?」 「ありません」 「えっと、おやすみ、BR800」  青木の言葉に、再び目を閉じる。次に目を開けるときには、パートナーである十朱晴がいるのだろう。彼は一体どんな人物なのだろうか。思考を巡らせる間もなく、意識はシャットダウンした。