外回りを終え、過去の資料をある程度漁ったところで本日の業務は終了。大した成果は得られなかったものの、情報共有と連携については悪くはなさそうだ。新たに発足したばかりの課ではあるが、黒田係長を筆頭に、著しい成果を上げる赤星、堅実な仕事をする黄海、メカニックの青木に、元気が有り余っている新人。滑り出しとしては上々だろう。それぞれのパートナーとの仲も悪くはなさそうだ。  すれ違う面々に声をかけ、入り口近くに来たところで、端末が音を立てた。黒田からのようだ。 『はい、こちら結城』 『帰りがけに悪いな。重要な話がある。ドロ課に来てくれ』 『わかりました』  初日から呼び出しとは、何かしてしまっただろうか。業務日誌は滞りなく提出したし、不明点があれば電話でもみなも経由でも問題ないは図だ。そこをあえて呼び出すということは。  先ほどまでいた扉を再び開ける。黒田が自身のデスクの椅子に腰かけているだけで、あとは全員帰宅しているようだ。黒田が端末から顔を上げ、隅にある簡易打ち合わせスペースに向かう。視線で示されたそれに頷き、自席に荷物を置いて向かいに腰掛けた。 「急に呼び出してすまない。楽にしてくれ」 「それで、何ですか。急に」 「早速話に入らせてもらおう。先に断っておくが、このことは他ご無用でお願いしたい。君は最近の警視庁で気に掛かったことはあるだろうか」 「気になること、ですか……」  少しばかり逡巡すれば、ここ最近ドアのロックに電子鍵と物理錠の二重ロックが採用されたり、機密情報やパスワードなどの取り扱いについて改めて通知が出たりしていたことを思い出した。秋の異動辞令が出たからかと思っていたが、春はともかく、去年の今頃はそんな話はなかったように思う。 「もしかして、セキュリティですか? パスワードが更新されたり、新しい鍵が増えたりしてますよね」 「そう、署内のセキュリティが最近厳しくなっている。というのも、最近、警察の情報が外部に漏れ出ているらしいと上から報告があってね。しかもその情報というのは、我々が担当している事件の情報ばかりだ。これが何を意味しているのかわかるだろうか? 我々の近い存在の中に裏切り者がいる可能性がある。君にはその裏切り者を見つけて報告してほしい。急に言われても戸惑うだろうが」  新設されたこの課は他に誰もいない。先ほど部屋を見た限り、盗聴器の類はなさそうだったーー本当に? 「考えたくはないですが……まあ仕方のないことでしょうね。分かりました」 「ありがとう君の能力の高さを信頼している。だからこそ、この課に推薦したんだから」 「それはどうもありがとうございます」  アンドロイドは、人間ではない。その目で見たものはすべて録画され、その耳で聞いたものはすべて録音される。誰かがアンドロイドを使って情報を入手することは容易だ。アンドロイドが単独で、誰かの命で動いているという可能性も、また。 「まあ、ちなみに。上も初めは君のことを疑っていた。君はあの白瀬恭雅と繋がりがあるからだ。そのため、ここ数ヶ月の間、君の動向を探っていたが、君はこの件に関与していないと結論が出た。だからこそ声がかかったと認識していただきたい」 「なるほど。まあ、監視されていたのであれば、ご存知の通り。あいつとは、一切連絡がつきませんよ。連絡先を知ってたら殴りたいぐらいですけどね」 「そうか……そうだな」  黒田はひとつ大きく息を吐いて視線を落としたあと、噛み締めるように言葉を吐き出して顔を上げた。そこには、先ほどの感傷は既にどこにもない。いつも通りの『黒田係長』があるだけだ。 「話は変わるんだが。君は今回の事件についてどう考えている? 捜査は順調に進んでいるだろうか」 「順調も何も。手がかりらしい手がかりが出てきませんからね」 「何かと大変だろうが他の所員、特に新人の2人のことは気にかけてやってほしい。私はわからないこともあるだろうから」  正式配属前に現場に出された新人とそのパートナーであれば、ここでやっていくのに問題はないだろう。人懐こい表情の裏で、考えていることは多そうだ。パートナーは新型との触れ込みの通り、意思疎通には問題がないし、型にはまっているところはあるが、あの新人と一緒にいれば、自ずと柔軟になるに違いない。 「あなたは現場に出るものじゃないでしょう?」 「管理職というのは大変ではあるんだがな。だからこそ現場の事はどうしてもわからないから」 「それは仕方のないことでしょう。腹の探り合い任せてますよ」  上層部との腹芸なんて真っ平ごめんである。白瀬の件があったのだから、これ以上上に行くことはそうそうないだろうが。黒田はふ、と笑みをこぼし、口を開く。 「私からの話は以上だ。時間を取らせて済まなかった」 「いいえ、お疲れ様です」  そのまま立ち上がった黒田は、自席の端末の電源を落とし、荷物を持って扉に手をかける。それを何とはなしに眺めていると、黒田が背を向けたまま声を落とす。 「いつか君にも大きな選択をしなければならない時がくるだろう。君が後悔のない選択をできるように祈っている」  経験談だろうか。それとも、忠告だろうか。その言葉の意味を聞く前に、黒田は部屋から出て行ってしまった。 「大きな選択、か」  ひとり残された執務室で、結城は独り言ちる。この部屋に戻って来る時に考えていたことが頭をよぎった。問いただすこともできないクセに、そうではない、と。信じていたいから。