一年前。PM四時、廃品置き場にて。
その日は朝から雨が降っていた。朝の天気予報で今日は一日、降水確率が高いと言っていたのを思い出し、自身も車から降りて傘をさす。結城は廃品置き場の中を歩いていた。ドラム缶や乗り捨てられた車、そして違法投棄されたボイドの残骸。見ていて気持ちのいいものではない。普段あまり来るような場所ではないが、今日の任務はこの近辺のパトロールである。 明らかに他の刑事から雑用を押し付けられたのだと確信しながらも、結城は周囲を確認する。以前来たときから、特に変化ないように見えた。何に当たっているのかもわからない雨音が不自然に反響する。羽織ったコートの裾に乱反射した水飛沫がかかるのを鬱陶しく思いながら、結城はこの場を後にしようと車に足を向けた、その時。後方からわずかにアンドロイドの起動音が聞こえる。目を向ければ、スクラップに紛れて横たわっているアンドロイドが目についた。 見たところ損傷はかなり激しいが、VOID社の製品であることを示すロゴが光り続けている。どうやらスリープモードか何かのようで、電源自体は入っていることが見て取れる。
状態を観察しようとしゃがみ込んだ瞬間、目の前の機体がパチリ、と目を開いた。視線がぶつかる。僅かに横たわる沈黙。結城の呼吸がふたつ数えたところで、目の前の機体が讃美歌を奏で始めた。
「……こんなところで賛美歌?」 「発声機能に問題無いかを確認していたんです」 「……そう。この雨で壊れないの?」 「アンドロイドですよ。防水機能はばっちりですよ、マスター」 「マスター? どうして?」 「えっ? あなたは私のマスターですよね?」 「いや違うけど」 「またまた何言ってるんですかマスター」 「あなたはここで捨てられたんじゃないの?」 「えっ、じゃあ私を捨てに来たんですか? 私のこと捨てるんですか?」 「いや、だからマスターじゃないってば」 「いえ、あなたは私のマスターじゃないんですか? マスターだと思うんですけど」 「……そう。とりあえず、そんなところで寝そべってないで起きたらどう?」
結城はこれ以上の問答を諦めて立ち上がる。目の前の機体も立ちあがろうとするものの、足を損傷しているのかビチビチと蠢くだけだ。
「あれ? あらららら」
言いながら、横にこうズリズリと倒れる。
「マスタ~足が壊れてます~」 「不便そうね」 「マスタ~起こしてくださいよ~」
と半分泥に埋まりになりながら。
「起きれるの?」
呆れた結城は手を差し出す。目の前のアンドロイドの腕がその手を掴もうと伸びてくる。そうして手が触れた。瞬間。目の前の機体から自動音声が流れた。
ーーシステムチェック開始 ーーシステムデータベース接続中 ーーネットワークへ接続中 ーーユーザーベースへ接続中 ーーユーザーの登録を開始 ーーユーザー名:結城涼。ID 6970948。ユーザー登録を終了しました。
「は? ちょっとあんた」 「あれ? マスターの記録消えてたみたいですね。変なの、なんでだろう?」
結城は大仰にため息を吐く。誤作動だろうが何だろうが、アンドロイドのマスター登録がなされてしまったことに変わりはない。こうなってしまった以上、一方的な破棄はかなりの手間だ。目の前の機体を誰かに見つかる前に物理的に破壊し、正真正銘のスクラップにするか、警視庁に持ち帰るかの二択である。
「え、でも、マスターは私のマスターですよね?」 「……ああ、もうなっちゃったんだからしょうがない。で、あんた帰れるの? その足じゃ歩けないでしょ」 「え、マスター私のこと本当に捨てに来たんですか?」 震え声です。
「いたかったら、いつまでもそこにいればいいんじゃない?」 「えっ、嫌です。嫌です嫌です。マスターマスター私、マスターの役に立ちます。きっと便利ですから便利ですから、もう捨てないでくださいよ。持って帰ってくださいよ」 「ああ、もうわかったってば。いや、ちょっと私はしばらくここ回ってるから、あんたどうにかして足を治す方法考えて考えてて」 「足を直す方法ですね。わかりました。なんとか手はあるでしょう。マスターの用事が終わるまで自己修理やってみます」 左手で敬礼します。
ふざけて敬礼なんてしてくるアンドロイドにもうひとつため息をおとし、結城は似たようなものがないかどうか、再度ぐるりと周囲を回ることにした。自己修理を試すと言っていたのだし、戻ってくる頃には自立歩行くらいは出来るようになっていることだろう。
「……なんかひどくなってない?」
戻ってきてみれば、辛うじて自立はできているようだが、歩行には難がありそうな風体をしている。明らかに左右の足が逆に付いている。
「うまく立つことは出来るようにはなりましたよ!」 「……なんで足を入れ替えたの……?」