蝉時雨が鳴りやまぬ日差しの照り付ける京の町に、人々は涼を求めて軒下へと逃げ込み、通りはいくらか閑散としていた。そんな京都、東福寺の近くにある住宅街の一角にある甘味処「あび」は、知る人ぞ知る隠れ家であるものの、連日にぎわいをみせていた。 「いらっしゃいませ~……あ、あーちゃんじゃん。元気~?」 「お久しぶりです。はい、お陰様で」 「妹ちゃんもいらっしゃい。みーちゃんいるよ~」 「わ、リツカさん、お久しぶりです!」 店に顔を出したのは、薄桃色の小紋に濃紺の絣帯、銀の帯留めを隙なく着こなし、桃色の髪を芒柄の櫛で飾ったアスカだった。先日の七夕祭りで偶然出会ったとき、そのうち店に顔を出す、という話をしていたのだ。隣には、軽やかにスカートを風に遊ばせる妹、梓の姿もある。声をかけたのは、白い薄物を羽織って浅黄色の細帯で緩く締め、艶やかな黒髪を結い上げ、淡い青の朝顔の簪でまとめた律火だ。 「おー! イヨ、よく来たな!」 「えへへ。御籤ちゃんも元気だった?」 「おうっ! 外、暑かったろ? 今日はマロンのヤツがかき氷めちゃくちゃ作ってるぜ」 「え、ホント?」 「ほらほら、そんなトコに立ってないで座った座った」 店の奥からひょっこり顔を出した御籤が梓に気が付きパッと笑みを浮かべ、駆け寄って話し始めた。長話になりそうなところを、パンパン、と手を叩いて律火が3人を席へと追いやる。 「みーちゃんはそのまま休憩してていーよ」 「お、サンキュー!」 御籤は藍色の矢柄の羽織の隙間から、白いTシャツに書かれた妙なクマの顔が絶妙に覗いている。梓がそのクマについて指摘をしようか迷っている間に店の少し奥まった席にたどり着いた。早速とばかりに話し始めた御籤が、近所に住む野良猫の尻尾にある星型に見える模様の話をしていたとき、テーブルにグラスが3つ置かれる音に3人は顔を上げる。 「御籤。おしゃべりもいいけど、お茶くらい出しなよ」 「やっべ。悪かった」 「わたしは大丈夫だよ」 「夜鷹さん、ありがとうございます」 「大丈夫」 声の主は夜鷹だ。少しばかり伸ばした髪が肩口にかかっている。黒いTシャツの上から羽織った割菱模様が涼やかな印象を受けた。 「注文はどうする?」 「オススメはありますか?」 「ええ、と……最近はマロンちゃんが毎日かき氷機を回してる、かな」 「あ! じゃあわたし、イチゴミルクのかき氷がいいです!」 「いいですね。私は宇治抹茶にします」 「御籤ちゃんはどうする?」 「せっかくですし、奢りますよ」 「お、いいの? じゃあブルーハワイにしよーっと」 「イチゴミルクに宇治抹茶、ブルーハワイね。わかった。ゆっくりしてて」 夜鷹が注文を取れば、にっこりと笑みを浮かべたアスカが問いかける。首を傾げながら夜鷹が答えれば、にっこりと笑みを浮かべて梓もアスカも注文をした。 「ふたりとも、ちょっと見ない間にイイ顔するじゃん」 「ええ、そうかな?」 「そう見えます?」 「そっくりだよ」 御籤が呆れたように言えば、荒城兄妹は顔を見合わせ、そっくりな顔でくすり、と笑みを浮かべた。 最近出会った犬の話や客の話、七夕の短冊の話など話題は尽きない。他愛もない話をしていれば、お待たせしました、という柔らかい声が3人の頭の上からかけられた。 「祝、サンキュ」 「どういたしまして。ふたりとも、久しぶり」 「ご無沙汰しております。お店に顔を出すのが遅くなって申し訳ありません」 「ごめんなさい、祝さん」 「いいんだよ。ミツキがいるのに、戻りにくいだろうしね」 白いシャツに臙脂の袷を着た祝が苦笑しつつ、お盆の上に載せた3つの大きなかき氷をそれぞれの置いていった。 「わかる~。マロンもそうだけどさ、リツカも意味わかんねーの。親の顔が見てみたいってこーゆーときに使うんだと思うわ」 「……ごめん」 「え? なんで祝が謝るんだよ?」 「御籤ちゃん、溶けてしまいますよ」 「あ、ホントだ!」 アスカがちらり、と見上げると、祝は小さく笑って「ごゆっくり」と声をかけてカウンターへ向かっていく。この小さな店で、従業員が全員出勤するのは珍しいな、とアスカは店をぐるりと見回した。 席の数も、壁に貼られたメニュー表も少しも変わらない、アスカが初めて働いた店だ。よく見れば、小物が季節に合わせてか新しく購入したものか、少しばかり変わっている。 氷の食べ過ぎで起きる頭痛をやり過ごし、下の色が変わっていることに笑いあって、また店に来ることを約束して、アスカと梓は席を立つ。御籤が会計をしてくれるのを待ちながら、アスカはカウンターにちらりと目をやった。 また注文が入ったのであろう、大きな氷をハンドルをくるくると回して真っ白い山を築き上げた男が、不意に顔を上げる。目があった男は、何事もなかったかのようにへらりと笑って手を振ってきた。 それに反応を返すことなく、アスカは御籤から受け取った釣銭をしまい、梓に声をかけ、持ってきていた日傘をさす。日差しは少しばかり緩くなってきたものの、まだまだ暑い日は続くだろう。 あの日から、1年が過ぎた。茹だるような夏の盛りにあったあの夏の日から、ひととせ。夏は盛りを過ぎ、暦の上では秋になろうとしている。外は蝉が鳴き喚き、地表は熱で蜃気楼のように揺らめいている。それでも、季節は刻々と廻っている。